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最高裁判所大法廷 昭和23年(れ)114号 判決 1948年11月17日

主文

本件各上告を棄却する。

理由

上告人柴田則一辯護人長尾肇次郎の上告趣意について。

原審第一回公判において長尾辯護人は上告人の爲めに精神鑑定を申請し、原審がこれを却下したことは該公判調書の記載により明らかである。又原審は同辯護人の心神耗弱の主張に對し、審理の結果により上告人が本件犯行當時心神耗弱の精神異常状態にはなかったものと判斷し、その主張を排斥しているのである。そして論旨は(イ)乃至(ホ)の事実を擧げて原審の右判斷の不當を論難しているのである。論旨に擧げている事実の中(ニ)に掲記してある上告人の近親者から相當の精神異常者を出していると云う點につき記録を調査すると、第一審證人轟安雄は上告人家の系圖の書面(記録添付)について上告人の血縁關係者の中に相當多數の精神異常者があったことを證言しているのである。被告人の近親者に相當多數の精神異常者があるような場合には裁判官は被告人の精神状態については特に愼重な注意と考慮を拂ひ、その良識により合理的な判斷を下さなければならないことは云う迄もないところである。そして苟くも被告人本人に精神の異常を疑はしめるものがあるならば、鑑定人をして鑑定せしめた上これを参酌してその判斷を下すべきである。しかし裁判所が事件を審理した結果、被告人の供述、行動、態度その他一切の資料によって被告人本人についてその疑がないと判斷し、その判斷が經驗則に反しない以上、その判斷をもって違法であると云うことはできないのであって、被告人の近親者に相當多數の精神異常者があると云う一事によって直ちにその判斷が經驗則に反すると論斷することはできないのである。本件において原審は前記轟證人の訊問調書について證據調をしているのであるから、上告人の近親者に相當多數の精神異常者があることは上告人の精神状態を判斷するにつき、十分に考慮に入れていると認むべきである。又論旨に擧げている他の事実も、すべて原審の審理に顕はれた事実であるから、これも考慮に入れていると認むべきである。そして原審は審理の結果により上告人を精神異常者にあらずと判斷したもので、その判斷が經驗則に反するものと認むべき資料はない。又鑑定の申請を却下してかゝる判斷をしたからといって、經驗則に反するものと云うこともできない。又鑑定の申請を却下したことは原審の專權に屬することであるから、それを違法と云うことはできない。然らば原判決には何等所論の如き違法なく論旨は理由がない。

上告人村田忠明辯護人山口好一、同河上市平の上告趣意第二點について。

原判決は上告人の判示第一の犯罪事実を認定する證據として第一審相被告人土屋金四郎に對する司法警察官の聽取書を採用している。そして原審第一回の公判廷において山口辯護人は上告人の爲めに土屋金四郎の證人訊問を申請したが、原審がこれを却下したことは、公判調書の記載により明らかである。從って原審は右却下決定の結果として、その審理の程度においては一應刑訴應急措置法第一二條第一項の規定に依り、土屋金四郎に對する司法警察官の聽取書は、これを證據とすることができない譯である。ところが記録によると右公判手續はその後原審第二回公判において、判事の更迭があり構成を異にする別個の裁判所において辯論の更新を爲し、裁判長は被告人に對し右土屋に對する聽取書を讀み聞け、特に被告人はその供述者の訊問を請求し得る旨を告げたに拘わらず、被告人からも辯護人からもその請求が無かったことがわかる。右の如く裁判所の構成が變って別個の裁判所となり更新された辯論において特に裁判長から注意があったに拘わらず、訊問の請求がなかったのであるから、前記應急措置法第一二條第一項にいわゆる「請求」がなかった場合と見るべきである。然らば原審は右聽取書を證據とすることができるのであるから、原判決がこれを證據として採用したのは正當である。論旨は理由がない。(その他の判決理由は省略する。)

よって本件上告は理由がないから、刑事訴訟法第四四六條により主文の如く判決する。

この判決は裁判官全員一致の意見である。

裁判官庄野理一は退官につき合議に關與しない。

(裁判長裁判官 塚崎直義 裁判官 長谷川太一郎 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 霜山精一 裁判官 井上登 裁判官 栗山茂 裁判官 真野毅 裁判官 齋藤悠輔 裁判官 岩松三郎 裁判官 藤田八郎 裁判官 河村又介)

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